川のような潮流に抗して

南海道地震の記録 体験者は語る -部員聞き書き-

川のような潮流に抗して

串本町橋杭 中本 力次 73才

私もちょうど小釣り船に一人で乗って、須江の沖でイカを釣っていた。あの時分は時計を持っていなかったが、夜空の星をみて時間はだいたい分かった。4時半位だったと思うが、私はイカ釣りを終ってそろそろ帰らにゃと思い、帰路についた。

船をこいで須江崎まで来た時、激しいショックにおそわれてのう。船の板がドタンドタンと、それは踊ったですよ。初めはすぐに地震だとは思わなかったが、あまり激しい振動だったので、これは地震だと思った。3分位揺ったですか、長いように感じましたよ。その時だったですね。周り四方八方水平線に稲光より少し濃い青い光が、一面に光ったですよ。あれは何ですかね。未だによくわかりませんが・・・・・・。

私は次の瞬間”津波がくる”と思ったね。そしたら、干潮でもないのに水がずうっと引いたですよ。それで、いったん船を沖へ出しました。再び帰ろうと思って、今戸まで来た時潮の流れが速くて、川のように流れていた。あまり速いので、いくら漕いでも前へ進めん。それで、通夜島をまわって、どうやらミョウガ島まで来たが、ここでも通れん。それで朝まで潮まちをして、いく分おさまってから、橋杭まで帰った。

港は津波にやられて、船が何ばいもひっくり返っていた。岸につないでいたロープがきれた船は沖へ流されたが、切れなかったやつは、そのままひっくり返ったわけやね。「どこどこの船がひっくり返っている。」とか、「誰々の船がどこを流れている。」とかいう声があちこちから聞こえてきた。

朝になっても津波の余波が続いており、落着かなかった。家は少し高い所にあるので、被害はなかったが、線路沿いまで潮がきて、魚がピチピチしていた。

もう何十年も海で生活するが、あんなことは初めてだったなあ。

浅里記