絆のものがたりを紡ぐまち

絆のものがたり

本州最南端・太平洋に面し、大自然に恵まれた陽光降り注ぐ串本町。
町章となっている「陸・大海原・人の結びつき」のとおり、古くから人と人を結ぶ絆にあふれた歴史の町です。
そんな串本町の「絆のものがたり」をご紹介します。

日本とトルコの絆を繋いだ物語

トルコ記念館

イラン・イラク戦争の際、48時間後に迫った攻撃。取り残された日本人216名。
そのとき、トルコから駆けつけた救援機2機により、全員がイランを脱出。
それは、95年前のトルコ軍艦エルトゥールル号の悲劇から始まる物語。

日本ではじめて、アメリカとの交流

日米修好記念館

はじめての日米間の接触は、ペリーの浦賀来航が日本で最初と言われていました。
しかし、ペリーの黒船来航より62年も前のこと、ボストン船籍の「レディ・ワシントン号」とニューヨーク船籍の「グレイス号」の2隻のアメリカ商船が大島に上陸。近年米国の資料が見つかり、これが公文書に記録された最初の来航と判明しました。


樫野埼灯台とイギリス人技師の物語

樫野崎の水仙

明治のはじめ、日本で最初の石造灯台・樫野埼灯台を設計した、遠くイギリスから訪れた技師。孤独な生活をいやすため、故郷を思い植えたと伝えられる水仙。地元の人々が引継ぎ、冬には可憐な花が咲き乱れます。

木曜島の真珠と白蝶貝の採取の物語

望楼の芝と潮風の休憩所

オーストラリアのアラフラ海で、真珠業発展と命を懸けて従事した人々。約7,000人、和歌山県出身者がその8割を占めたといわれている。
潮岬・望楼の芝にある潮風の休憩所には木曜島での白蝶貝採取の資料などが展示されており、慰霊碑も立てられています。


無量寺の和尚と応挙、芦雪との物語

無量寺

無量寺再建時、親交の厚かった絵師・円山応挙に襖絵を依頼した和尚。そして代理で障壁画を届けた弟子・長沢芦雪が代表作ともされる多数の襖絵を描きました。

串本と大島を結んだ巡行船と串本節

くしもと大橋

♪ ここは串本 向かいは大島 仲をとりもつ巡航船・・♪

民謡「串本節」で歌われた巡行船は、1999年(平成11年)の大島架橋開通とともにその役目を終えました。島民の心には巡行船の姿が刻まれています。