和歌山県災害史より抜粋

県下各地の地震津波襲来状況

和歌山県災害史(P389~393)より抜粋

(1)予兆
○串本国民学校矢倉教官
2、3日前から夜間の静寂の中から、南方より無気味な海鳴りの音が聞こえた。地盤 が次第に沈下し、東海岸では砂浜がほとんどなくなり、満潮の時は波が県道まで達し た。
漁師の話では、2、3日前から潮流の方向が頻りに変化し且つ速かった。地下水に変化 をきたし、井戸水が2、3日前から急激した個所が多い。気候が非常に暖かく、レンゲ 桜が咲いた。

(3)津波来襲状況
○串本国民学校
晴天で頗る静暖で暖かかった。紀伊山脈の方向に閃光が見えた。町内各戸の石垣中、 特に南向きのものは殆んど崩壊した。安らかな夢から一瞬恐怖のどん底につき落とさ れた町民は、わずかな衣類を手に、先に争って附近の山々へ避難した。空は晴れてい たが真暗で、いたる所の石垣は崩れ避難は困難であった。間もなく津波がおし寄せて きた。逃げおくれた人々は腰まで海水につかり、やっと目的地にたどりついた。
見間に上野の山、祇園の山、西の岡、国民学校、病院の山、駅上の山は、とりど りの服装をした人々で黒山をなした。親を呼ぶ子供の泣き声、家族を求める人々の声 などでこれらの避難場所は悲惨な状態を呈した。

○田並国民学校
初震後約10分で第一波が来襲し、約10分後に第二波、つづいて第三波が来襲した。 第一波、第二波と次第に高く、第三波は最高で、この時、漁船が川口から約600米上 流の地点まで流されて座礁し、大破してしまった。この折の最大潮高は川口から500 米上流の国民学校で2米の水深を示した。浸水家屋は117戸に及んだ。避難状況は大 体良好であったが、一部には極度に怖れ沈着をかいたものもあった。毛布の携行を忘れ、寒さにふるえている人、特に病気人の苦痛が目についた。津波の合間に荷物を取 りに帰った者で、負傷した人もあった。

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