南海道地震を予告した・・・

南海地震を予告した小谷先生

串本町出雲 小川 徳七

私は昭和12年から16年まで佐本小学校に勤務した。当時研究発表といって自分の得意な事を日を定めて職員の前で発表する慣わしであった。

多分昭和12年であったろうと思うが、当時の校長小谷秀一先生が、「やがて遭遇すべき南海道沖大地震の機構」と題して研究発表され。

1.「紀伊半島地塊運動への階程」から、9.「時期の測定」まで9項にわたっているが、時期の測定の項を記してみると、「大体は前述において読者各自の主観に俟つこととするも、傾斜儀の使命の大なるにたよらざる可からず。平均隔年120年とすれば、現在(昭和12年)より40年なるも、これは概数にして種々の諸条件総合より40年より早く、更に30年以内ならんか、或は20の数字を記憶すべきやにも聞けり」

先生の説を要約すると、南海道大地震(京大今村博士命名)は120年周期に起きているから、安政元年(紀州土佐沖大地震)に地震が起こってから81年目(昭和12年)間もなく南海道大地震が起こる。気をつけなさい、と。

その発表を聞いて、何を言うやらと面白い位で気にもとめていなかった。

昭和16年に串本小学校に転勤になり、やがて昭和21年の南海道大地震にあう。この時、学問の正確さ、小谷先生の偉大さをしみじみ痛感させられた。

今回(昭和21年)の南海道大地震は、安政元年に起こってから90年目に起こっている。あれから31年過ぎた。百年周期とすれば、後69年目に地震が起きるはずである。今生きている20代以上の人達は、次の地震にあう事がなかろうが、10代の人達、これから生まれてくる人達は、必ずあわねばならぬ運命にある。

私が嘗て南海道地震の起きるのを無視した様に、軽んじてはならない。余り恐れては却って悪いが、起きるであろう2、3年前から、串本町に住む人々が細心の注意をして被害を最小限に喰い止めてもらいたいものである。

百年周期に起きるという根拠を図にしたものが次の表である。0204

尚、時期の測定の最後にこう書かれている。
「◎最初の1分間を無事に凌ぎ得れば最早や危険は脱したるものなり。何となれば・・・・
日本建築の倒壊度と家を出づるに(一般的)30秒を要すればなり」と。

御存じの様に地震につきものは火事と津浪である。関東大震災や新潟地震は、地震による被害よりも火事による被害の方が大きかった。昭和21年の南海道大地震の時も、津浪のため家もろとも2人の子供が海に流され死亡した事は、多くの人々の知っている所である。袋の様な押し寄せた波がぐると廻って海へ出る様な所は、特に津浪に気をつけなければならない。

森島千景先生宅から儀平菓子店を結ぶ線以南は床上浸水した。西よりも東に寄る程被害は大きかった。

今は埋立てによってずっと南に伸びているので、昭和21年の線まで浪は打ち寄せる事もあるまいが、その線より南に住居されている方は、畳を上げる事、西の岡の山に避難される事を常に念頭において対処していただきたい。

何と70年も先の事、馬鹿馬鹿しいと思ってはなりません。次の地震は起きても被害を最小限に喰い止める事は、現在に生きる者の責務だと思って、敢えてこの一文を書きます。

地震に興味をお持ちの方が御座いましたら、小谷先生の研究論文(パンフレット)がありますから申出て下さい。

戻る