ゆり起されたというよりも・・・

ゆり起されたというよりも
転がり起されて

当時串本町田並上在住 高岡 庄一

南海道大地震の起きたのは、未明、夜明けのおそい12月の4時頃ではなかったかと思います。まだ若かった私の熟睡中を起されたわけですが、それは、ゆり起こされた、と云う様なものではなく、まあ転がり起された、或いはいきなり叩き起こされた、と云うものでした。玄関の戸を開けたのだと思うのですが「家族をどうするか」と頭に閃いて、外に出ようとした足が動かなくなり、半開きのガラス戸に片手を突っ張って、大揺れに揺れ、物凄い音の中で、おどっているような家の内へも戻れず、外へも出られず、ただ「早く止んでくれ、早く止んでくれ」と、口の中で云うのではなく、声に出してくり返えし続けていました。

この時、私の長男は5才、長女は3才、次男は生後5日、従って妻は産後の床についていました。ただ何も出来ず、「止んでくれ」を繰返していた私が、長男と長女を庭の上り口に見つけ、2人を一度に抱えて、軒下の瓦の落ちないと思われる所へ運んだのは、目が覚めてから5分もすぎていなかったのだと思います。

それから泣いている2人を置いて妻の部屋へ走り、妻は動かせませんから、枕元の箪笥(幸い3段にとり外せる)を妻と次男のまわりに並べ、更に長男と長女に蒲団をくるませました。

そのあと、あちこちして居て家の裏へまわって見ましたら背戸の山から昔の風呂桶の様な岩が2ヶ、家の壁近くまで転がってきていました。

たしかこの時で有ったと思いますが、ケンケン舟が一つ川を溯って「ヤマサキ前」と云われる所で斜になっていました。

その後の朝日新聞に、この時「南紀の山々が光芒を怪しく放ったのが遠く四国(或いは徳島)からも望まれた」と記されていました。

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