はうようにして畑の中へ

はうようにして畑の中へ

串本町串本 前芝 頼一

年末のことで、青年会というのがあって、毎晩火の用心の夜警を行なっていた。その日は、私も当番にあたっていた。

とん(つめ)所が、浜中医院の近くの山崎床屋あたりにあった。私は交代の時間が来たので、つめ所を出て火の用心のたいこを2つ3つ鳴らしたとたん、地面がぐらぐらゆれてきた。とてもよう歩かんので、はうようにして道路のそばのへいをやぶって畑の中に飛び込んだ。近くの石べいが崩れ鬼頭さんの大きな家がぐらぐらゆれていた。

地震がおさまると夜警を中止して、すぐに家に帰った。あたりが停電でまっ暗だった。家では津波がくるというので、すでに避難して誰もいなかった。みんな小学校の裏の山に避難したのだ。

津波はすぐにやって来た。新町通りの岡村金物店の前まで潮が押しよせて来た。ギヘの前には大きな材木や小船が流れて来た。おもしろい話もきいたことがある。この時、海岸近くに湖月という料理屋があるが、その店のたたみが津波でそのまま持ち上げられて、潮が引くとそのままの形でもと通りにおさまったと言う。普通だったら、たたみがバラバラになるところ・・・・・・。

夜が明けて、ほうぼう見回ったが、あちこちの家で浸水した家が相当あった。串本が全滅という情報がはいったのか、どうか、津波の後わずか45分で、占領軍のUボートが視察にやってきたと聞いた。

杉本記

戻る